がん患者仲間(ピア)へのメッセージ


 がん患者サポートの未来像

 無財の七施

 気孔

 徳永ゆり江さんへの追悼文集
  〜徳永ゆり江さんこと、ピエロのトッキーさんはすばらしい方でした。2009年5月4日の癒しのコンサートin京都では、トッキーズファミリーを率いてすばらしいピエロのパーフォーマンスを披露していただきました。それから2か月。あなたの訃報を聞き、コンサート参加者有志が寄せたあなたへの追悼文です。〜
  「癒しのコンサートin京都」

 藤原容子さん句集 「ひとりごと」(2009.9)

 がん患者の”advocacy”




がん患者サポートの未来像
   寺田佐代子


 がん患者へのサポートとして、やさしい医療やさしい社会、こころのケア、OQL向上、などが求められているが、実際、各分野で何ができるのか?実行可能な小さなことから始めるしかないのでは???


今、実現可能なことは何か???

1)行政ができること
   がん支援対策の具体化 → 患者会紹介、交流の場作りの具体化
   
2)医療機関ができること
   拠点病院、がん相談支援室の内容充実、患者会との連携

3)患者のピアサポートでできること(現在行っています)
   サポートプログラムの実施
   相談にのること(電話、メール、)

4)企業ができること
   患者会支援、協賛、協力、寄付

5)メディアができること
   患者会紹介記事、サポートプログラムの普及のための記事紹介

6)議員さんができること
   地域で患者会の声をきき、議会に反映してもらう
     (寺田は県議に提言しています)

7)大学・教育関係ができること
   未来の医療者育成に患者の声をきいてもらう
     (寺田は医学部の授業にて実施しています。勉強会も開催中)



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無財の七施(むざいのしちせ)


仏教用語で、地位や財産がなくても心がけ1つで誰もがいつでも簡単にできる布施(ふせ)のこと。
眼施(がんせ) 優しい眼差しを向けること。
和顔施(わげんせ) 人に対して笑顔で優しく接すること。
愛語施(あいごせ) 愛のある思いやりのある言葉を与えること。
身施(しんせ) 自らの体を使って奉仕すること。
心施(しんせ) 思いやりを持って心を込めて接すること。
牀座施(しょうざせ) 座席や立場を他の人に譲ってあげること。
房舎施(ぼうしゃせ) 自宅に人を迎えて休んでもらったり雨露を凌いでもらったりしてもてなすこと。

 仏教には、財施(ざいせ)、法施(ほうせ)、無畏施(むいせ)という3つの「布施の行」があります.では、施すべき財、説くべき教え、恐れを取り除く力がなければ布施の行ができないかというと、そうではないのです。
 地位や財産がなくても、心がけ1つで誰もがいつでも簡単にできる布施の行、それが「無財の七施」です。「無財の七施」とは、次の七つの施しをいいます。

1.眼施(がんせ):慈眼施ともいい、慈しみに満ちた優しいまなざしで、すべてに接することをいいます。温かい心は、自らの目を通して相手に伝わるのです。

2.和顔施(わげんせ):和顔悦色施ともいいます。いつもなごやかで穏やかな顔つきで人や物に接する行為です。喜びを素直に顔の表情にあらわしましょう。

3.愛語施(あいごせ):言辞施(ごんじせ)の別称もあります。文字通り、優しい言葉、思いやりのある態度で言葉を交わす行ないをいいます。

4.身施(しんせ):捨身施ともいいます。自分の身体で奉仕をすること。身体で示すことをさし、自ら進んで他のために尽くす気持ちが大切です。

5.心施(しんせ):心慮施ともいいます。他のために心をくばり、心底からともに喜びともに悲しむことができ、他の痛みや苦しみを自らのものとして感じ取れる心持ちです。

6.牀座施(しょうざせ):たとえば自分が疲れていても電車の中で喜んで席を譲る行為。また、競争相手にさえも自分の地位を譲って悔いなく過ごせることをいいます。

7.房舎施(ぼうしゃせ):風や雨露をしのぐ所を与えること。自分が半身濡れながらも、相手に雨がかからないように傘を差し掛ける思いやりの行為など。

どれをとっても、人に対する思いやり、優しさに溢れた言葉であることが分かっていただけると思います。


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気孔







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徳永ゆり江さんへの追悼文集


徳永ゆり江さま

    2009年7月14日 わかば会:寺田佐代子

 徳永さん・・・あなたが京都まで来てくださったのは、ついこのあいだのように、あのステージで踊るあなたが鮮明に思い出されます。
 楽屋での衣装をつける合間に、鎌倉のお菓子のおみやげもいただきましたね。
ステージでは、息をハアハアとしながらも、素敵に踊り、生きる姿そのままをみんなに見せて・・・多くのひとを感動させてくれました。
 ありがとう。素敵なあなたの生き方に、私も同じ乳がん患者として、これからの生きるべき道しるべをいただけたと感じています。
 決して、自分の病を悲観せずに、ありったけのエネルギーで誰かのために生きる時間・・・その素晴らしさ。それをあなたはあなたの姿で教えてくれました。
ありがとう。
 そして、安らかに眠ってください・・・
 天国でも、あのかわいい衣装をつけて、ダンスしてください。
 私は、あなたのことを決して忘れないでしょう。   

寺田佐代子

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下記、京都のコンサートで時間をともにした仲間からのメッセージをいただきました。ここにコピーして、あなたに届けます。
京都での出会いから・・・トッキーさんの死をみんなで共有し、こころ痛めてくれるひとたち・・・
トッキーさんのがん患者支援の魂と音楽がつないだつながりですね。
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@ ステージマネージャーを務めてくれた宮崎龍彦先生からです。

宮崎です。

 突然の訃報に、うちひしがれています。

 ほんの2か月前に同じステージに立った仲間を失ったことは、小生のような鈍感な人間でも顔を覆ってうずくまるほどのショックです。

 思えば、5月のステージでも彼女は息が上がるのをこらえて、満面の笑顔でパフォーマンスを繰り広げられていました。その小さな後ろ姿からは大きなオーラが感じられました。命を完全燃焼するかのような炎のオーラでした。

 人の命は神のみぞ知るのかも知れませんが、彼女は「善く生きる」姿を我々みんなに伝えてくださいました。尊敬に値する生き方を見せてもらいました。

 心からご冥福をお祈り申しあげるとともに、故人への感謝の気持ちを表したいと存じます。

宮崎龍彦 拝



A トッキーさんとの縁をつくってくれた堤寛先生からです。

トッキーさんへ:
藤田保健衛生大学医学部病理学  堤 寛

 去る5月4日に癒しのコンサートin京都でご一緒させていただいたオーボエ吹きのツツミ@病理医です。
 あなたは、本当にすてきな方でした。あなたの笑顔を忘れません。コンサートの冊子に書いていただいたあなたからのメッセージを、みんなに伝えてゆきたいと思います。

 トッキーさんからのメッセージ:”どんなときでも微笑みを忘れないことと、ポジティブシンキングでいきましょう!”

 息が切れるなか、明るく演じてくれたビエロのパフオーマンス。横浜から京都まで、わざわざ仲間5人といっしょにきてくれた本物のボランティア。オルゴール曲ディズニーの「世界はひとつ」、現代風にアレンジした「東京ブギブギ」と「聖者の行進」の3曲。今はもう、懐かしいといわねばならないのですね。
 天国でもピエロを踊り続けてくださいね。さようなら。



B わかば会のメンバー、受付を担当してくれた山田祥子さんからです

 この間テレビの特集で元気な姿を見たばかりだと思っていたので、とっても残念です。メッセージを書きますのでトッキーさんにお伝えください。

 トッキーさんの明るさ、生きるということに向きあう姿、自分のできることに挑戦し続ける勇気。トッキーさんのすべてに勇気とパワーをもらっていました。
 キラキラ輝いていたトッキーさんの笑顔。ずっとこころに残っています。
 トッキーさん、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。

――――――――――――――――――――――――――――――――――
(追加メール)
 ほんとに、この間テレビで輝く笑顔のトッキーさんを見たばかりだったのでとっても残念です。
 でも、トッキーさんが残してくださったものはとても大きいです。
 命を最期まで輝かせることを教えてくださったトッキーさんには感謝でいっぱいです。

山田祥子



B 越智章仁さんのお母さま、越智知子さんからです。

越智です。

 悲しいお知らせですね。
 ピエロをやって、自分を奮い立たせ、皆さんに楽しみや喜びを与えておられたのですね。
 強靭な心がないと、とてもできることではありません。化粧に隠れた体力や精神の弱さを誰にも見せることなく、堂々と生きられた。本当に立派な生き様です。
 長い間の苦しみだったと思います。やっと開放され、天国できっと微笑んでおられると思います。
 本当にお疲れさまでした。心からご冥福をお祈り申しあげます。



C テノール兼病理医の米澤傑先生からです。

「お別れ」ではないメッセージです。
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 トッキーさんへ:あなたのお話は以前からよく伺っていましたが、やっと、5月4日に、京都で一緒に舞台に立つことができました。これからも、是非、一緒に舞台にと思っていました・・・。いや、これからも、私が舞台に立つときには、トッキーさんが一緒と考えて歌えばよいのです、ずっと。
 テノール・米澤 傑
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米澤 傑
鹿児島大学大学院 医歯学総合研究科 先進治療科学専攻 腫瘍学講座 人体がん病理学



E 藤田保健衛生大学医学部2年の岩田隆一くんからです。

 あまり面識がないので、分不相応かと思いましたが、一言お礼申しあげたいと思い、メッセージを書かせていただきました。
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徳永ゆりえさま

 先日のコンサートでボランティアとして参加させていただきました、岩田隆一と申します。華やかな衣装で舞台を彩られていた様子を思い出すと、お亡くなりになったこと、誠に残念でなりません。徳永さま、そして、ガンを持ちながらも一日一日を精一杯いきる皆さまのお姿に、人生を教えていただきました。心より感謝いたします。
 どうぞ安らかにお休みください。ご冥福をお祈り申しあげます。

岩田隆一



F 藤田保健衛生大学医学部4年の我妻將喜くんからです。

トッキーさんへ

 京都でお会いしたのが最初で最後となってしまいましたね。僕はビデオ係として、客席に陣取りをしていました。トッキーさんが会場中を練り歩いて、人を笑わせていた。いや、笑われていたのかな。
 そんなトッキーさんとジェスチャーだけでコミュニケーションをしたことが、一番の思い出です。(普通は言葉を交わしますからね)
 結局、一生、口をきかずじまいでしたね。
 きっと、笑わせることより、笑われることのほうが、勇気がいったでしょう。おかげで勇気をもらいましたよ〜。
 たぶん、何か辛いときとかあったら、また思い出すんだろうなぁ〜。あの笑われているトッキーさんを。強ばった肩のちからが抜けますよね、そして、まだまだ俺も頑張るぞ! と。
 ありがとうございました。ゆっくり休んでくださいね。
 では、またお会いしましょう!

藤田保健衛生大学医学部4年 我妻將喜



GH フルートの渡辺恵子先生、バイオリンの渡辺至先生ご夫妻からです。

 急な訃報に夫婦ともに戸惑い、悲しい気持ちで一杯です。
 トッキーさんへのメッセージを記します。

 「あなたに会えたことは、私の人生においてとても心に残る出来事でした。会場でお話させていただいたときのあの笑顔が、昨日のことのように思い出されます。夢と勇気、そして笑顔をありがとうございました。あなたの笑顔は今も私のこころに生き続け、これからもずっと一緒にあると思います。ご冥福をお祈りいたします。ありがとうございました。」 

渡辺至

 「トッキーさんこと徳永ゆり江さん、あれから2ヶ月しか経っていないのに、あなたがもういないなんて、信じられない気持ちです。となりに立つととても小柄なあなたなのに、ピエロの演技は命の輝きを感じさせてくれる大きなものでした。あなたの笑顔は明るくくったくがなく、病気の重さを感じさせないくらいでした。病気を受け入れ、一日一日を精一杯生きたあなただからこそ、そんな笑顔だったのでしょうね。
 もっともっと生きて、全国の病院で希望を与えてほしかった・・。あなたを福岡に呼びたかった・・。間に合わなくて、ごめんなさい。でも、あなたの熱い思いはきっと仲間たちに受け継がれていくことでしょう。
 たった一度の出会いなのに、本当に強烈な思い出を残してくれて、ありがとうございました。あなたの生きざまは、あのコンサートの出演者皆に何らかの影響を与えていると思います。あなたに出会えて、本当によかった・・。あなたと一緒の時間を過ごせて、本当によかったです。
 天国から今生きている人たちを応援していてくださいね。また、そのうちお会いしましょう。あなたに再会したときに恥ずかしくないように、私も日々の命を大事に生きていこうと思います。
 どうぞ、安らかにお休みください。ありがとうございました。」

渡辺恵子



I 和歌山から京都にピンクリボンを届けてくれた細畠美鶴さんからです。

徳永ゆり江さまの訃報に接し、心よりお悔やみ申しあげます。
 プログラムを読み返し、当日の写真データを見直し・・・短い滞在時間を振り返っていますと、涙が出てきました。
 第1部で帰ってしまったので、ピエロさんの中のどの方がトッキーさんか分かりません。
 でも、あの日のいろいろを思い返すと、私が振れ合ったピエロさんから得たものすべてが、徳永ゆり江さんそのものだと思いました。
 京都のコンサートは私のわがままで、短時間で引きあげてましたのに、その短い時間の中で、徳永ゆり江さん率いるピエロさんの存在はかなり大きかったです。
 あの日は舞台の裏も表もなく、また、ピエロというよりも、天使のように蝶のように、軽やかに華やかに、会場の中を彩っていました。
 思えば、私のピンクリボンをお手伝いしてくださると言って、ピエロさんに囲まれた私は、子供のように気恥ずかしかったです。
 内職の仕事をしたことがあるとかないとか・・・、皆でいろいろと現実のお話をしながらも、表情の違うピンクリボン一つ一つに話しかけられたり・・・
 私にまったく気を遣わせないで、手際よく、リズミカルに楽しく助けていただきました。
 私がピエロさんを独占していた時間です。
 私は、ピエロさんは演技で参加していると思っていましたから、助けていただいている時間もピエロさんに変わりなく、不思議で衝撃的なひとときでありました。
今、時間を巻き戻して考えると、徳永さんのピエロさんだからと、ようやく理解しました。
徳永さんは、たくさんの方々に、こんな楽しい気持ちを振りまかれていた方なのですね。
 数のことなどが気がかりだったので、一瞬の迷いでピンクリボンを直接私からお礼に差しあげなかったこと、悔やまれています。気に入った可愛いのが手元に届いたでしょうか・・・。
 本来、完成したものが 先に郵送で送られていたはずの、ピンクリボン。
 ご縁は人智で得られないもの。
完成してなかったことにも意味があったのかも。
一緒に過ごせた幸せ。今、あらためて感謝します。
 闘病の中でも、周囲の空気をパステルにして生き抜かれたこと。わずかな時間の出来事なのに、こんなに強く心に残ったこと・・・
 徳永ゆり江さん、忘れません。
 お疲れさまでした。ご冥福をお祈り申しあげます。

細畠美鶴



J チェロ始終相談のボス、丸山直記先生からです。

 驚きました。あんなに元気でしたのに。また、テレビで拝見した姿も本当に病気? と思うほどでしたのに。

徳永ゆり江さま:
 自らの病を、他の病気に苦しむ方たちへの力に換えてきた生き方に敬意を表します。善き人たちが充分な生を全うさせられない医学は、まだまだ発展途上であることに気付かせられます。
 ご冥福をお祈りいたします。

 丸山直記(東京都老人総合研究所・副所長)



K フルート・ピアノに大活躍した中尾典子さんからです。

 徳永ゆり江さんへのメッセージです。
 驚き、悲しみ、落胆しています。コンサート帰りの地下鉄が一緒になり、また、会いましょうね〜 と笑顔でお別れしたのを思い出しました。
 昨日、メッセージを考えていたのですが、動揺していてまとまりませんでした。
 言葉を尽くさなくても、患者同志、きっとわかってもらえると思い、横浜の方に手を合わせ、ご冥福をお祈りいたしました。

中尾



L オーボエの中島広聖先生からです。

 オーボエ中島@一宮市民病院病理です。
 2ヶ月前にはあんな笑顔で踊っておられたのに、、、急には信じられません。
 たった一度ステージをご一緒しただけで、お話も出来ませんでしたが、私の中に何かを残してくれました。その何かを受け継いで、演奏の中に表現していかなければいけないような気がします。
 また、人にとって病とは何なのか、病の彼方に人が何を求めるのか、そんなことを考えさせてくれました。
ありがとうございました。
 どうぞ安らかに。



M 藤田保健衛生大学医療科学部3年、ホルンの刀根由美子さんからです。

 突然の連絡、本当に驚いています。
 コンサートで踊っておられた姿は本当に明るくて元気で、かわいくて、身体中からたくさんのパワーを会場中に放っていらっしゃるようでした。
 それから2ヵ月、このようなお知らせを聞くこととなるとは、本当に悲しく、そして信じられない気持ちでいっぱいです。
 たくさんの元気を本当にありがとうございました。
 心から、ご冥福をお祈り申しあげます。

刀根由美子



N 佛教大学社会福祉学部4年の松ヶ谷佳弘くんからのメッセージです。

 正直病気のこととか全然知らなくって、本当にビックリして残念に思います。
 あのときに見たピエロを、僕の心の中に残していこうと思います。
 ご冥福をお祈り申しあげます。

 松ヶ谷佳弘



O 藤田保健衛生大学医学部4年、ビオラの山岸知未さんからです。

トッキーさんへ:
 癒しのコンサートin京都でご一緒させていただいた、藤田保健衛生大学オーケストラ部の山岸知未といいます。
 直接お話をすることはありませんでしたが、舞台の袖から、華やかな衣装で、開場中を沸かせている姿を拝見しておりました。どのパフォーマンスも面白かったり、技がすごかったり、本当にすごいの一言で、楽しませていただきました。トッキーさんたちのパフォーマンスが終わると、開場中が温かい雰囲気になったように感じたのを今でも覚えています。
 そんな5月4日の出来事から、2ヶ月でこのようなことになるなんて…。
 自らが病気で死と直面しながらも、たくさんの人を楽しませ続けておられた姿に、人生について考えさせられました。
 ありがとうございました。心からご冥福をお祈り申しあげます。

藤田保健衛生大学医学部4年オーケストラ部 山岸知未



P 佛教大学社会福祉学部4年の山田裕子さんからのメッセージです。

徳永さんへ:
 こんにちは。5月4日癒しのコンサートで設営のボランティアをさせていただいた佛教大学の山田裕子です。こんな形でメッセージを書かせていただくことになるなんて、正直悲しい気持ちでいっぱいです。けれど、これもなにか意味のあることなのかもしれません…。
 5月4日、会場を楽しい雰囲気でいっぱいにしたピエロの姿を裏方から見せてもらいました。会場を飛び回るピエロ、本当に楽しそうでした。そんなピエロの姿を見て、私自身本当に楽しい気分になったのをよく覚えています。これは、あの会場にいた観客の皆さんが感じていたことではないでしょうか。
 徳永さんの訃報を聞いたとき、あの元気いっぱいなピエロさんが、実はガンと闘っておられたのだと初めて知りました。辛い思いや苦しい痛みを伴いながらも、ああして皆が少しでも元気になるようにと、パフォーマンスされていたのですね。自分が辛いときに人に奉仕するなんて、とても真似できることではないと思います。夢と希望に溢れた、楽しい時間を本当にありがとうございました。
 人はこの世に生をうけた限り、必ず死にます。これだけは避けられません。けれど、どういう死を迎えるかは、人それぞれの努力次第である程度選択できることなのかなと感じます。徳永さんはガンという重い病を患っておられましたが、素晴らしい仲間に囲まれ、笑顔や愛情、温もりに包まれて最期を迎えられたのではないかと思います。これも一重に、徳永さんのたゆまぬ努力があったからなのですね。
 その生き方に感銘を受け、自分自身これからの人生を考えさせられました。
 私もいつ終わるか知れない人生を、徳永さんのように力強く前向きに、笑顔いっぱいで生き抜きたいと思います。そして、徳永さんのように人のために役に立てればと思います。
 どうぞ安らかにお眠り下さい。たくさんの夢と希望を本当にありがとうございました。

山田裕子



Q ドイツから駆けつけてくれた音楽療法士、ピアニストの村井さわさんです。

トッキーさん:
 自身の苦しみや痛みをこらえながら、一人でも多くの人に笑顔を与えたあなたの心に、深い尊敬と感謝の意をささげます。
 私も一人の療法士として、人間として、あなたの舞台での笑顔を忘れずに、生きていこうと思います。
あなたが、痛みから解放されて、風のように自由に安らかに楽しまれることを祈っています。

村井さわ



みなさまへ 寺田佐代子から追加です。

 また、どこかに、徳永さんをお呼びしたいと思っていました。
でも、堤先生は、京都のときさえも、「もつかどうか・・・」とおしゃっていました。それだけ深刻な状態であったのでした・・・。
 京都での出演のトッキーさんとケントミのトミ(比嘉富子さん)は、凄い患者さんです。患者会をしてきて、7年・・・こんな素敵な患者仲間に出会えて、私は感動しています。
 再発乳がん患者であるトミも、トッキーさんと会えたことを喜んでいました。トミも、実は、あれから、一度は消えたがん細胞でしたが、今、骨転移に現れた・・・と、ケンからききました。
 でも、先月は、講演もして、沖縄の乳がん患者の会でも演奏したそうです。決して悲観せず、決してあきらめない。
 そして、そんななかでもまだ誰かのために何かする、そんな生き方を目の当たりにして、ちっぽけなことで、不満を漏らす自分を恥じます。
 こんな時間にメッセージくださいとお願いしても、パソコンを開いていなければ、できないし、職場から離れてしまっている先生方もいらっしゃるでしょうし・・・・でも、間に合えば、お願いしたいです。
 一期一会の京都での出会いだったかもしれません。
 でも、あのとき、確かに、多くのみなさんとともにトッキーさんはいました。あの屈託のない笑顔、ステージでのパフォーマンス。京都でのステージができたことを本当に喜んでいました。
 下記、京都コンサートのあとの、徳永さんからのメールです。


●ピエロ、徳永ゆり江さんから
寺田さま:
  京都コンサート、お疲れさまでした。そしてありがとうございました。
  寺田さんの熱い思いや、大変なご苦労の上での、コンサート、
  場違いな、私たちピエロが、少しでもお役に立てればと、思いました。
  貴重な経験もさせていただき、今後の活動に役立てればと思っています。
  沢山のボランティアの方たちにも感謝です。
  これからも、よろしくお願いします。
      トッキーズファミリー 徳永ゆり江



堤寛によるトッキーさんの葬儀への参加報告

 ピエロで京都に出演してくださった、トッキーこと徳永ゆりえさんの葬儀(7/15、午前)に出席してきました。横浜の金沢文庫での涙の葬儀でした。
 コンサートのときの写真や、昨晩までのみなさんのメッセージをご主人、徳永豊さんにお渡ししました。みなさんを代表して、あいさつしてきました。
 ご主人とお子さんが2人、長女が看護師、長男も医療関係のお仕事と聞きました。横浜市大浦舟病院で亡くなられたようです。
 5月末にNHKに放映されたあと、6月から状態が悪くなり、7月には寝たきりとなって、11日に永眠されました。
 6月末には、浜松のホスピスで、最後のピエロパフォーマンスを行ったそうです。夢実現だったようです。すごい話でした。
 会場には、京都の楽屋で撮影したトッキーさんの笑顔がありました。「ありがとう」と自ら朱記された布に包まれていました。
 ご主人の挨拶の最後に、ご本人からのメッセージがありました。“私の葬儀に出席していただく方たちへ”のお礼の言葉でした。さすがトッキーさん。お別れに、アンパンマンの曲が流れました。彼女のテーマソングだったそうです。
 彼女の青白い寝顔は、穏やかに感じられました。
 38歳で乳がん手術。12年後に再発(肺、肝、骨)、そして57歳で永眠。40歳ではじめたピエロが自信をもって「天職」と言えるまでになっていました。
 本当に、笑顔をありがとうございました。
 トッキーズファミリーのメンバーにも会ってきました。すばらしい仲間ですね。今後とも、ピエロ活動を継続するそうですよ。

 堤寛@病理医



越智知子さんからの追加メール(7/15)

 堤先生、今日はお疲れさまでした。
 横浜まで、ご多忙のなか、よく出かけてくださいました。
 トッキーさんの、あのお元気なNHKのお顔が忘れられません。
 ご主人さまもすばらしい人でしたね。
 よく頑張ってこられたと思います。最後まできっと笑顔だったことでしょう。随分辛い思いもあったことでしょうが、ピエロになりきることで、乗り越えていらしたのでしょうね。
 それもすばらしいことです。誰にでもできることではありません。
 きっと、皆さんの思い出は尽きることはないでしょうね。ご家族の協力、ご家族としての辛い日々も多かったでしょう。
 5月のコンサートがなければ、また、章仁が出演することがなければ、出会えなかった人です。こんなすごい人もいるのだと思います。
 またたくさんのこれから出会う人達にも、彼女の活躍ぶりをお話します。そんなことくらいしかできませんから。

越智知子



さらに追加メール(7/15)by寺田佐代子

 私が徳永さんを知ったのは、堤先生のご紹介でした。京都で出会うことができました。彼女の生き方には、とても深く感動し、学ばねばと教えられました。
 活動は、仲間が継続されるのですね! それは素晴らしいですね。何か、また、一緒にできたら、いいなあと、思います。
 今回、徳永さんへの思いを綴ってくださった先生方に、医療者としてだけではなく、ひとりの人間として、ひとりの患者に思いを寄せてくださったことが感じられました。
 それは、あの京都のように、患者とともに作業する、何かする、しかも、音楽を介して、そういう時間の共有こそが、こころに響いたのだと・・・私は、思うのです。
 がん患者支援、障害者支援。これは、京都のように、医療者も患者も身近に接するような、そういう場面が社会にもっともっと普通にあったら・・・と、私は思っています。
 トッキーさんは、あのステージに立つことをとても楽しみにされていました。ある意味、生きる意欲につながっていました。
 そう言う意味で、がん患者が生きるエネルギーを最大限出せる、それを支える社会がある・・・そんな日本になってほしいです。
 トッキーさんは、そのお手本を示してくださったのです。私たちに宿題をくれましたね!
 私は、今年乳がん10年目。まだまだこれからです。
 トッキーさんに見守ってもらって・・・トッキーさんに恥じないように、活動します!
 わかば会は、秋には、NPO法人化します。癒しのコンサートの展開も継続します。サポートプログラムも継続です。
 がんばりますね〜〜〜〜

てらだ


トッキーさんのことば

「お葬式に来てくださった皆さまへ」

 今日は、私のために、お時間をさいていただき、ありがとうございました。

 ちょっと短い一生でしたが、お先に行かせてもらいます。

 温かい皆さまや、家族にかこまれて精一杯楽しい時間を過ごさせてもらいました。

 亡くなった人は、生きている人が幸せで活き活きと生活されていることで、安心して、天国に行けます。

 どうぞ、生きている時間を大切に、楽しいこと沢山見つけてくださいね。

 みなさん、ありがとう、感謝しています。

 医療者と患者による 癒しのコンサート in 京都



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句集「ひとりごと」
(2009.9)藤原容子(6周年記念コンサートの司会者)作
(絵:佐野晴美)



 このすてきな句集は、故藤原容子さんの作品です。

 藤原容子さんは、卵巣癌によるイレウス(腸閉塞)が進み、かねて愛知県刈谷市の自宅で療養されていましたが、ついに2009年10月17日、静かに息を引き取りました。

 2009年の9月、入院中に、点滴と痛み止めをうちながら、ベッドの上で一気にこの句集を仕上げました。俳句は、松本在住時代の元気なころに詠んだ作品です。容子さんらしい繊細な文字で句が表現されています。藤原容子さんは、以前、信州安曇野にある絵本美術館で、絵本の語りをされていた、芸術性豊かな女性です。親友の佐野晴美さんが俳句のイメージにあわせた絵をつけてくれました。そして、ご主人の藤原健一さんが製本と仕上げを担当されました。

 最後は自宅に戻り、毎日、木漏れ日の中で、風揺らぐ庭の木々や花々をみて感動しつつ、会社を休んで付き添うご主人とともに光と風を感じながら、穏やかに過ごした日々だったようです。

 私的に100部ほどつくり、知り合いに配布したというこのすばらしい句集を、ご本人とご主人の了解を得て、PDF化して、わかば会ホームページに公開させていただきます。藤原さんは、2009年3月に藤田保健衛生大学の500人ホールで開催した、わかば会6周年コンサート「輪の和」で見事な司会を務めてくれました。

 より多くの方とともに、在りし日の藤原容子さんの感性と知性を分かち合いたいと思います。感謝、そして合掌。



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 回線の状態によって開始までに時間がかかる場合があります。
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 句集「ひとりごと」へ・・・

 句集ダウンロード(pdf)


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がん患者の”advocacy”


 2010年3月20日「医学の歩み Vol.232 No.12」に掲載されたものです。
 ダウンロードしてご覧ください。

 医学のあゆみダウンロード(pdf)


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