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[はじめに]
今日は皆さんが、病理診断、とくに乳癌の病理診断について知りたいということですので、僕たち病理医の毎日の仕事の一部を紹介させていただくと同時に、こんな所にこんな風に問題があるのだという自分なりの考え方を述べさせていただきます。
まず、自己紹介代わりに、僕の問題意識の原点に少し触れさせていただきます。10年ほど前にある由々しき事実に気がつきました。それは、病理の仕事をしていると仕事をしながら病気になる人が多いことだったのです。つまり、病理業務、とくに病理解剖は肺結核症に対して非常に危険であることに気づくと同時に、その点に関する過去のデータが全くないことにも驚かされました。僕たちは、結核が日本の病理医や病理検査技師の由々しき職業病であることを統計学的に示しました。その後、こうした「業務感染」、つまり医療者への院内感染、や医療廃棄物の問題など、実態を調査して問題提起をする医療関係者があまりに少ないことにも気づかされました。それなら、誰かひとりぐらいそういう変わった医者がいなくてはいけないんじゃないかと思って、これまでがんばってきた次第です。
いっぽう、病理医という医師が働いていることをもう少し広く市民に認知してもらわねばならない、病理科標榜をぜひとも実現させたいと努力を重ねてきました。日本の医療をよくするためには、病理診断の質的向上が大きなポイントの1つとなると確信しています。以前、医歯薬出版社「医学のあゆみ」の別冊「病理診断をどこまで信じますか。臨床医へのメッセージ」と題するメッセージ集をまとめました。興味のあるかたは読んでいただければ幸いです。
[病理診断とは]
医療は大きく3つに分けられます。診断、治療と予防です。病院で行う医療は診断と治療ですね。病理診断は、診断の中ですごく大切な地位を占めていると思います。とくに癌の場合は最終診断になることが多いですね。
アーサー・ヘイリーというアメリカの人気作家が『最後の診断
The Final Diagnosis』という素晴しい小説を書いています。そこでは、40年前のアメリカの一地方病院で、臨床医の一員として生き生きと、また悩みつつ働く病理医の姿がリアルに描き出されています。
病理診断を行う病理医は、当然診断行為をするわけですから、臨床医として認知されなければいけないのですが、わが国では、医学部においては基礎医学、病院では検査の一部と見なされて、臨床科の1つとして今もって認知されないのが僕らの大きな悩みなのです。
昨年行われた標榜科の見直し作業でも、「患者を直接診ない」ことを理由に切り捨てられてしまいました。標榜科を患者に対する広告規定と定義している現行の医療法の考え方が誤っているとしか言いようがないですね。*
*2008年4月「病理診断科」標榜がついに実現しました!
さて、病理診断には3本柱があります。病理解剖と組織診と細胞診です。組織診は、内視鏡でとった生検組織や手術材料を肉眼、顕微鏡でみて診断するという、病理医の一番メインな業務です。細胞診は乳腺ではとくに大切なのですが、針で刺して、あるいは綿棒で擦過して採取した細胞の姿を顕微鏡でみて、癌かどうか、感染症かどうかを判断します。
病理医は病気のことを広く知らなければいけない。今乳癌を診ていたと思ったら、次は脳腫瘍、その次は皮膚を診て、さらには婦人科標本。最後は骨折を診て、骨肉腫かどうかを鑑別するというような作業を毎日のようにやっているのです。非常に幅広い知識が必要とされる分野です。
乳癌の診断には、組織診あるいは細胞診という病理診断がスキップされることはまずあり得ません。乳癌の病理診断の対象は、細胞診、生検、手術材料です。この3つに加えて、手術中に行われる術中迅速診断があります。
術中迅速診断では、生の組織を凍結させて薄く切ってから染色が施されます。材料が病理検査室に提出されてから診断が下されるまでに10分足らずですみます。生検材料や手術材料は、ホルマリンというちょっと臭い液体につけて固定し、早ければ翌日、普通だったら翌々日に診断されます。乳腺は脂肪が多いために、脱脂作業を要しますので、診断がつくまでにもう一日余分にかかるのが標準になっているかもしれません。術中迅速診断で大事な点は、病理医がその場にいなければ診断が下せない点ですね。
[圧倒的に少ないわが国の病理医]
あるアンケート調査の結果では、病理医という職種があって、病院の中では患者の前に出てこないが専門性の高い診断をしている医者がいるという事実を知らない一般の人が圧倒的に多いのが悲しい日本の現実でした。
欧米ではほとんどの市民が病理医 pathologist
を知っています。ひとつは病理医の数が問題です。アメリカでは、病理診断医と検査医の数が医者全体の2.6%です。日本の認定病理医は
0.7%。しかも、この中には大学でおもに実験をやっている人もいるのです。日本の病理医はなり手が少なく、一人当たりの仕事の量が多くて、忙しい。今年新たに認定されたプロの病理医は全国でたったの73人です。全国の医学部数80よりも少ない。**
**この数字は毎年減少し、50人を割り込むことがあります。やれやれ…ちなみに病理専門医の平均年齢は51才で産婦人科とともに最高齢なのです。
認定病理医の現在の総数は約2000人位です。一般病院に勤務する病理医は500人余りに過ぎません。半数以上が大学および大学病院にいるのは仕方がないとしても、もっと一般の病院に病理医が増えなければいけないと思います。300床以上の病院で常勤病理医がいるのは半数位で、しかも病理医の数は一人が圧倒的にが多いのです。「一人病理医は休めない、学会にも参加できない状態です。
病理医のいない300床以上の病院の院長に病理医を置かない理由を聞きますと、「非常勤がいる」や「外注で充分」もありますが、一番多い理由は「人材がいない」、つまり、大学の講座にさえも十分な病理医がいないのです。たとえ病理医が欲しくても、他科、例えば放射線科医などと比べて優先順位が低い。
なぜなら、病理医を雇っても黒字にはならない。健康保険の適応されない病理解剖をやればやるだけ赤字になる 解剖一体で40〜50万円くらいかかるといわれています。検査するだけ赤字になる「不採算部門」に近いのです。
例えば、乳癌の縮小(温存)手術の切除断端をみるのは最悪のパターンの代表です。現行の診療報酬制度のもとでは、胃生検ひとつ診るのと乳癌の縮小手術で100枚以上の切片をつくって診るのとが同じ値段、8,800千円なのです。1分程度で見終わるのと半日近くかかる作業が同じ値段なのはどうしてもおかしいですよね。いま、乳癌の縮小手術の病理診断は別扱いにできるよう厚生省に依頼しているのですが、なかなかむずかしいようです。
大学と病院と検査所の病理診断件数を比較してみますと、細胞診は検査センターが一番多く診ています。日本で行われている生検の件数は年間約800万件。そのうち実際には年間約400万件の生検標本が検査センターに外注されているとも聞きます。***
***別な調査では今、病理診断の7割が検査センターで行われているようです。
つまり、わが国の病理診断の過半数は検査センターで行われているのが実態なのですが、検査センターに勤務する病理の先生は約30人です。400万件も診れるわけがない。からくりは、大学の病理医がアルバイトで診ているわけです。
問題の1つはそこにあります。検査所経由の標本では何か質問があっても患者情報が聞けない。臨床医も質問しづらい。お互いに一方通行に陥りがちのため、質の高い病理診断ができないおそれがある。臨床医と病理医の良好なコミュニケーションが質の高い診断には必須条件なのです。言い換えれば、患者のための診断でなく、病理医の自己満足のための診断となりがちなのです。
[乳腺は新しい臓器]
さて、話を乳腺に切り替えましょう。蛙や鳥にはおっぱいはありません。女性のシンボルである乳房は哺乳類になってはじめて進化してきた新しい臓器なのです(表1)。
男性の前立腺と同じように新米臓器です。まだ発展途上なので癌ができやすいんだろうなどと思っています。一番古い臓器は小腸がその代表ですが、小腸には癌がまずできない。
| 表1.乳腺の特徴 |
1)哺乳類の特徴(カエルやトリには乳腺はない!)
〜進化論的にみて新しい臓器である〜
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2)脳下垂体に乳腺を支配するホルモンを2つ従えている
(プロラクチンとオキシトシン:男性での作用は?)
〜ホルモン依存性臓器である〜 |
3)非妊娠時には分泌をしていない(「腺」とはいえない)
〜正常乳腺には分泌を司る「腺房細胞」がない〜
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4)ヒトでも脇の下に「副乳」を認めることがある
〜男性の「女性化乳房」では肝硬変の疑い〜
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5)ヒトではセックスアッピールの象徴(前向きの性)
〜動物では乳房=授乳装置は、発情と対立する〜
〜ただし、ヒトでも授乳中は無月経となる〜 |
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乳房の主要組織成分のことを乳腺と呼ぶのですが、腺というのは分泌するのがその定義です。妊娠・授乳してない乳腺の乳頭から分泌物があれば、それは病気です。おそらく、乳腺症、もしかしたら癌かもしれません。乳頭分泌は、組織診や細胞診の対象です。つまり、乳腺は普段は分泌していないのです。こんな腺は他の臓器には一切ありません。妊娠すると急遽ホルモンの影響で、分泌性の腺細胞が生まれてくるという劇的な変化を示す、そんな非常に面白い(失礼!)臓器です。しかも、分泌するとなると、新生児に必要なすべての栄養分を満遍なく分泌するのですね。乳腺はすごい!たまには副乳といって、脇の下とかおへそのまわりに第二の乳腺がみられることがありますね。生検の対象になりますが、副乳腺と診断します。
乳癌には大きな特徴があります。ひとつは、エストロゲンやプロゲステロンといった女性ホルモンに依存していること。ホルモン依存性癌はなぜか閉経後にできた乳癌に多いのが特徴です。また、乳癌は割とゆっくり発育する癌の代表なのです。普通、胃や大腸や肺などの癌の治癒基準は、5年生存率といって患者さんが手術後5年生きれば治ったと宣言します。ところが、乳癌だけは5年ではまだ再発する可能性があり、10年生存率を基本にします。
[乳癌縮小(温存)手術と術中迅速診断]
乳癌の診断は、まず見てさわって、エコー(超音波検査)そしてマンモグラフィーというレントゲン検査をする。そして、癌が疑われた場合にほとんど必ず、細胞診、生検、迅速診断などの病理診断のどれかがなされます。そして、病理学的な確定診断をへて、手術するなりその先の治療法が選ばれるという図式になります。
手術中、とくに縮小(温存)手術の際に術中迅速診断をすべきかどうかが、病理医と乳腺外科医の間でいま大きな話題になっています。できれば僕たちはやって欲しくないと思っています。乳腺は脂肪分が多くて凍結切片が作りにくいからです。逆に、標本を作れる場所が決まってしまって、たまたま脂肪が多いところに癌細胞がちょっとだけある場合は診断ができなくなります。
じっくりみれる永久標本(術後2−3日かかる通常の組織診標本のこと)に比べて、癌細胞の微妙な判定が難しい場合があります。たとえ断端陽性の結果が後で出ても、放射線照射でコントロールできるとされています。
つまり、リスクが高いのでやめた方がいいという意見と、それでも積極的にやろうという施設とがあります。積極的に行う理由は、切除断端腫瘍の完全切除が可能となり、術後の放射線治療を避けることができる点にあります。しかし、これをまともにやるとものすごく大変なのは事実です。多大な労力と時間的拘束が要求されるのです。医療のコストパーフォーマンスの問題にも行き着きます。
[乳癌の種類]
乳癌は大きく、浸潤の「ない癌」と「ある癌」の二つに大きく分けられます。この非浸潤癌は転移する可能性のない癌で、慶応病院の近藤誠先生の言ういわゆる「がんもどき」に相当するものの代表格だと思います。こういう浸潤していない病変を癌と呼ぶかどうかは、不思議なことに臓器によって違います。子宮頸部や胃では癌としますが、子宮体部、卵巣や大腸(欧米に限る)では癌という述語を使わずに、異型過形成、境界病変、異形成といった言葉が使われます(表2)。乳癌の場合は、非浸潤癌を癌の一種と認めています。転移して人を殺す可能性のあるのが浸潤癌ということになります。非浸潤癌も取り切らないとそのうちに浸潤癌へと変わっていく可能性がありますし、それだからこそ癌と呼び、手術をするのです。
表2.「癌」に対する考え方・捉え方(定義) 〜上皮内癌(非浸潤癌)の概念を認めるか〜
臓器により、国により違いがある! →診断基準、診断病名の使い方の問題
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1)上皮内癌が広く認められている臓器 |
| a)皮膚(表皮、黒色腫) |
| b)子宮頸部 |
| c)乳腺 |
| d)膀胱 |
| e)食道・胃・大腸(日本) |
2)上皮内癌の考え方を認めない臓器 |
| a)卵巣 |
−−−境界病変 |
| b)子宮内膜(体部) |
−−−異型過形成 |
| c)胃・大腸(欧米) |
−−−異形成 |
| d)甲状腺 |
−−−異型腺腫 |
〜癌は浸潤しなければ転移しない(非致死的)。
そのような病変は「癌」とは呼ばない〜
Morson(消化管)、Silverberg(卵巣) |
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乳癌の大部分は乳管(乳腺を構成する管)から発生します。日本では浸潤性乳管癌を3つにわけます。WHO
の分類では2つにわけます。この3つの組織型とその特徴は次の通りです。(1)乳頭腺管癌:大部分が乳管の中にとどまっていて、浸潤が一部のみに見られるものをいいます。浸潤部が少ないのですから、必然的に比較的予後がいい(長く生きる)というわけですね。つまり、比較的たちがいい高分化型です。(2)充実腺管癌:圧倒的に浸潤部が多いんですが、浸潤の境界が明瞭で腫瘍が軟らかい。腫瘍内の線維成分が少なく、中等度の分化度を示し、次の硬癌よりはたちがいい型です。(3)硬癌:腫瘍の境界が不鮮明で浸潤性が強い。腫瘍内の線維成分が多く硬く触れます。転移しやすい低分化型癌といえます。WHO
では2と3が一緒のものだとみなし、2つに分けています。
[乳癌の治療」
乳癌の治療は一番大事なのが手術。癌細胞にホルモン受容体があればホルモン療法。そして、放射線療法と化学療法。放射線療法と化学療法は予防的に行われることもあります。病理診断と一番関係が深いのは、むろん手術なのですが、癌にホルモン感受性があるかどうかを特殊な染色法で調べたり、化学療法に対する感受性・抵抗性があるかどうかをみる検索を加えることもあります。つまり、病理診断は治療法の決定にも大きく関与しているのです。
手術法にも種類があります。悪名高いハルステッドの手術を「定型的乳房切除術」と呼ぶことにいまの医療の矛盾があらわれていると思いませんか?(−会場から同意の声−)「非定型的乳房切除術」が現在の標準法として教科書に書いてあります。縮小手術については、乳頭だけ残すものから、1/4
切除あるいは腫瘤だけえぐりとる場合があり、いろんなレベルのもの全部を併せて縮小手術と称されていると思います。
乳癌の進行度(予後)をみるにはいくつかの分類がありますが、一番単純なのが
TNM 分類です。腫瘍(tumor=T)の大きさ、リンパ節転移(node=N)
の有無、遠隔転移 (metastasis=M) の有無の3つの要素で病期
(stage I〜IV) を決定しています。
[乳癌における病理診断の役割]
乳癌の病理診断をまとめてみました。
| 表3.乳癌の病理診断の役割 |
1)正しい診断
a)非浸潤性乳管癌か、乳管内乳頭腫か
病理診断のコンサルテーションで最多
b)非浸潤癌か、浸潤癌か |
2)縮小手術における断端検索 |
3)センチネルリンパ節生検
(センチネルリンパ節に転移がなければ、リンパ節廓清をおこなわない)
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4)n0乳癌(リンパ節転移のない浸潤癌)の予後因子
→形態、大きさ、腫瘍マーカー、癌遺伝子 |
5)ホルモン受容体発現の有無の検索 |
6)多剤耐性因子発現の検索
→すべて、適切な治療への指針・方向づけが目的 |
言うまでもなく、一番大事なのは正しい診断。これは場合によってはすごく難しい。(社)日本病理学会病理専門医部会では難しい症例の標本と臨床データなどを送って専門家にコンサルテーション(相談)する制度を普及させています。病理診断の精度管理・精度向上に欠かせない機能であることがおわかりいただけると思います。一般の病理医からのコンサルテーションで最も多いのが実は乳腺の病変なのです。
センチネルリンパ節生検の病理診断も病理医の大切な役割です。センチネルリンパ節とは、癌細胞が最初に転移する可能性のもっとも高いリンパ節です。外科医が手術中にセンチネルリンパ節をとり、病理医が術中迅速診断で10分ほどで調べる。転移がなければ他のリンパ節にも転移がないとみなされるため、リンパ節廓清術をしないのです。患者さんのQOLにとって、とても重要です。
縮小手術については、前に述べたように、切除断端の検索を迅速診断において要求されると本当に物理的・精神的負担が大きくなります。
乳癌と所属リンパ節を切り取って病理学的に調べた結果、リンパ節転移がない
(n0) のに再発・転移していく患者さんたちが一部にいます。そういう患者群をあらかじめ予測して、予防的な化学療法を加える。そういうおそれのない人達には化学療法をしないという見分けが病理標本をみて予測できないだろうか、という研究がいま走っています。国立がんセンターを中心に、僕も参加していますが、この「nO
乳癌」の予後因子として、顕微鏡形態、遺伝子などいろんな因子が調べられてきていますが、残念ながら、こうであれば再発する可能性が高い、こうあれば再発しないだろうという予測がなかなか難しい。一刻も早くその辺がわかると化学療法の適応がしっかり決められるのです。
それから、乳癌細胞がホルモン受容体をもっていると、抗エストロゲン療法(抗女性ホルモン療法)が効くだろうと予想できます。場合によっては、卵巣や副腎まで切除するという手術をすべきかどうかが問題となります。ホルモン受容体発現の有無はいま抗体を使った組織染色で観察できるようになっています(図1)。
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図1(酵素抗体法)
乳がんにおけるエストロゲン受容体の発現
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図2(酵素抗体法)
乳がん(浸潤性乳管がん)におけるHER-2蛋白の強発現
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がん細胞の核が茶色に染色されている。がん細胞の核にエストロゲン刺激を受ける受容体(レセプター)が
存在することを意味している。ホルモン療法(抗エストロゲン療法)が有効ながんであると判断される。
つまり、一枚の病理切片から治療方針決定に
重要な情報が得られる。
ここでは、がん細胞以外の核は緑色に染色されている。 |
乳がん細胞の細胞膜に沿って褐色のHER-2陽性所見を認める。HER-2陽性乳がんはタチが悪いが、再発時にはハーセプチン療法が有効であることを意味している。
がん細胞におけるHER-2の発現性を確認するのは病理医の重要な役割である。 |
癌遺伝子のひとつに c-erb B2 と称されるものがあります。この遺伝子を発現している乳癌はたちの悪い癌であるとする論文がたくさんあります。特殊な染色法でこの物質を切片上で染めることができます。癌細胞が茶色く染まっていれば陽性でたちが悪い(図2)。染まっていなければ陰性で少し安心。こんな風にして、たちが悪い癌をそれほどでもないものと見分ける努力をするのも、病理医の役目のひとつになってきています。現在、こうした染色検査はルーチン業務として全例におこなわれています。またそういう施設が増えてきています。
一般論ですが、診断の最終目標は決して診断名を決めること自身ではないのです。正しい治療が選ばれることが目的であるはずです。ある病理医に提出された標本が乳頭腫(非浸潤性乳癌に似た良性病変)か非浸潤性乳癌かを迷ったとします。むろん、少し時間はかかりますが、ガラス標本郵送してコンサルテーションに出すのが一つのチョイスです。しかし、その際の専門家の意見はあくまで意見に過ぎません。責任をもって最終診断を下すのはあくまでも担当した病理医なのです。極端な場合は、それでも診断確定ができない場合や、意見が割れることすらあります。そんな場合どうするのか。どうしたらいいのか。最終病理診断病名を癌と呼ぶか呼ばないかはあまり重要ではありません。患者さんにとっては、どの程度の治療(手術切除)が選ばれるべきかの判断がもっとも大切なのです。そう思いませんか?
癌保険をご存じですよね。今、患者さんの約
1/3 が癌保険に加入しているそうです。そこでは、「癌」という診断名を使わないと保険がおりないことがあります。だから、もし患者本人が癌保険を使いたいという意思があるならば、癌という診断病名を使いましょう、と判断することさえもあります。僕は、これをもって病理診断病名の社会的適用と称しておりますが(笑)。極論すれば、結果的に治療方針が変わらなければ、どんな灰色の言葉を診断名に選んでもかまわないのではないでしょうか。異型腺腫、異形成、境界病変、低悪性度病変などたくさんの言葉が使い得ますね。
[さまざまな乳癌の姿]
乳癌の実際のスライドを少しお見せしたいと思います。皮膚にひきつれがあれば、ほぼ間違いなく乳癌、しかも浸潤性乳癌である証拠です。一部例外はありますが。
手術切除材料をいくつかお見せしましょう。肋骨までとるようなハルステッド手術をせざるをえないほどの進行癌の割面です(図3)。しかし、こういう進行癌は取ってもとりきれないことが多い。 乳癌の転移は骨に多く、骨がこわれて病的骨折をおこすことさえもあります。ものすごく痛かったと思います。骨に転移しやすいのが乳癌と前立腺癌の大きな特徴ですね。
乳房の割面にみられる白っぽく硬い約1センチ足らずのしこり(図4)が、場合によっては患者さんの命を奪うことに、あるいは長年にわたって骨の痛みで苦しめるということになるのです。この病変はその周辺がギザギザにみえますが、これが硬癌の大きな特徴です。(図5)は顕微鏡でみたところです。中央に青くみえるのがすべて癌細胞です。スキルス癌ともいわれます。ヒポクラテスの時代(紀元前)に、すでに癌の記載があります。乳癌は表在性で見つけやすかったと思われます。癌のことを英語でキャンサー
cancer といいます。ひきつれた乳癌(硬癌)が浸潤する様子が肉眼的に蟹のように見えたためです。The
Cancer は星座の「カニ座」のことです。癌はドイツ語でクレブス
Krebs といいますが、これも蟹を意味します。
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図3
巨大な乳がんの割面
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図4
乳がんの割面所見
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図5(低倍率、HE染色)
乳がん(硬癌)の顕微鏡所見 |
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画面中央に境界不鮮明な浸潤性病変がみられる。
大きな腫瘍の存在により、皮膚が著しく隆起すると同時に、がん組織は下層にある胸筋組織に接している。黄色い乳腺の脂肪織の下にみえる赤い組織が大胸筋である。 |
黄色い脂肪組織の間に境界不鮮明は灰白色の乳がんが認められる。浸潤により、腫瘍周辺部がトゲ状を呈している。
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図2に示した1 cm大の乳がんの顕微鏡所見で、中央部でがん細胞の核が青く染色されている。白く抜けた脂肪組織へ向かって浸潤性に増殖している。青く見えるのががん細胞で、周囲の白く抜けた脂肪織に向かって不規則に(境界不鮮明に)浸潤している。
青いがん組織の中央部にピンクがかった部分が観察されるが、この部分が線維組織で、さわると硬いので硬がんの名がついた。
がん組織内の線維化は、すぐ上を覆う皮膚にひきつれをつくる原因となっている。
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乳癌の顕微鏡所見で硬癌の組織像です(図6)。赤っぽくみえるのが線維成分なのですが、この増生ために腫瘤は非常に硬い。膠原線維の間に癌細胞がぱらぱらに入っており、浸潤性が強く脂肪組織に入り込んでいます。たちの悪い典型的な硬癌です。
いっぽう(図7)は乳腺の非浸潤癌の顕微鏡所見ですが、癌細胞が拡張した乳管に沿って非常に広範に広がっています。どこまでが癌なのか、触れただけではわからないことがあり、そのような症例は縮小手術の適応ではありません。
縮小手術の適応に関しては、比較的良好な予後が期待できる症例ほど、乳管に沿って広がり、縮小手術ではすべて取り切れずに再発することがあります。縮小手術をしたために再発して、場合によっては転移までしてしまう可能性だって残る。こうした点が泣き所なんですね。ちなみに、手術適応を選ぶのは病理医ではなくて外科医です。病理医はあくまで相談役です。乳管は必ず乳頭部に開口しています。乳頭には計20本くらいの乳管が集まっているのです。問題なのは、乳頭に近い太い乳管の断端に乳癌細胞の連続進展があるかどうかです。乳頭までふくめて乳腺を全部取ってしまえば絶対に治る。だが取りたくない。再発の危険が残る。そこの駆け引きというか判断、ひいてはインフォームド・コンセントが大切だと思います。そういう意味では、患者さんもよく勉強していただいて、外科医や病理医の悩みの一部をわかちあっていただきたい気持ちでいっぱいです。
(図8)は、リンパ管のなかに癌細胞がガンガン侵入している所見です。こうなりますと炎症性変化が強くて、「炎症性乳癌」という名がつくことがあります。たちが悪い癌のひとつの所見なのです。
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図6(高倍率、HE染色)
乳がん(硬がん)顕微鏡所見
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図7(HE染色)
非浸潤性乳管がんの顕微鏡所見
(面皰がん)
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図8(HE染色)
炎症性乳がんの顕微鏡所見
(著名なリンパ管浸潤) |
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小さな塊をつくりつつ浸潤性に増殖する乳がん細胞がみられる。左端では、脂肪組織の中にがん細胞が浸潤している。
右半分では、がん細胞はピンクに染まる膠原線維の増加(線維化)を伴っている。 |
がん細胞が乳管に沿って広く進展している。乳管中央部ではピンク色に染まる壊死を認め、いわゆる面皰がんの特徴を示している。
間質への浸潤性増殖はみられない。 |
皮膚のリンパ管内に、青く染まるがん細胞が浸潤している(高度のリンパ管浸潤)。その周囲にみられる白い空隙がリンパ管の管腔である。
著しいリンパ管浸潤のため、乳房が赤く腫れてみえるので「炎症性」乳がんの名がある。予後不良な病型である。
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(図9)は、センチネルリンパ節に転移した乳癌組織です。外科医が廓清した腋窩リンパ節に転移があるかないかについて、病理医はていねいにリンパ節を一個一個顕微鏡で確認します。もちろん、肉眼でみて大きくはれていて硬いというのは明らかな転移なわけですが、そうでないごく小さなリンパ節でも顕微鏡的な転移があることもそう珍しくはない。そういう意味で乳腺の病巣切除にリンパ節廓清を加えることが、スタンダードな治療法になっていると思います。
[縮小手術でとった乳癌]
ここから、縮小手術の写真をお見せしたいと思います。(図10)は乳頭を取っていない 1/4 切除術です。皮膚を一部取っています。腫瘤を中心にした少し広めの
1/4 切除術です。外科医がひもで乳頭側に印をつけてくれています。わが国では、乳房に対する割面の入れ方などに細かい取り決めがあって、検索の仕方が一般化されているのです。
(図11)はもっと小さく取った腫瘤摘出術ですね。これも乳頭側に印がついています。いつも気にするのは乳頭側です。前にも言ったように、乳管内進展があるときは基本的に乳頭側に向かってすることが多いのです。乳管内に色素を注入してマーカーとすることもよく行われます。
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図9(HE染色)
乳がんの腋窩リンパ節
(センチネルリンパ節)への転移巣
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図10
温存手術で切除された乳房の
病理学的検索
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図11
乳管切除とよばれる局所切除法が行われた乳管内乳頭腫(ホルマリン固定後) |
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| 右半分のリンパ節被膜下に乳がんの転移巣を認める。左半分は転移のない部分で、リンパ球の集合体である。 |
切り取られた乳房は4〜5 mm間隔で短冊状にスライスを入れ、すべての標本が顕微鏡観察される。本例では、肉眼的にがん細胞は確認できない。
乳管に沿って青い色素が注入されている。丁寧に顕微鏡観察され、乳がん(本例では非浸潤がん)の広がり、断端部にがん細胞があるか否かが判断される。
断端部にがん細胞があれば、再手術か放射線治療の追加が行われる。
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乳管に沿って増殖する良性の乳頭腫が切除されている。マーカーとして、青い色素が注入されている。
乳頭腫の一部にがんがみつかる場合があるため、全部の標本が丁寧に顕微鏡観察される。
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縮小切除された乳癌をどうやって調べるかについてですが、多くの場合、提出された標本を3〜4ミリの間隔できれいにスライスします。図10、11ともに色素を注入された乳管がみえます。このマーカーに垂直に切り出しを行い、提出検体のすべてを標本に作製します。1/4
切除術の場合は、全部で150枚を越える標本ができあがることなどしょっちゅうです。泣けてきますが仕方ない。たったの8,800円しか稼げないけど(笑)やりましょう。何とか、イデアフォーの皆さんの力で9万円位は請求できるようにしていただきたいと思います。病理医の地位向上のために!ちょっとしたかけらをも含めて全部標本にして検索しますので、医療廃棄物問題の観点からいってもごみがまったく残りませんので、とてもいいんじゃないかと思います(笑)。
ちなみに、手術して取られた乳房、胃、肺などの臓器はホルマリン固定されますが、病理組織学的検索が終了した残りの材料をどう処分するか知ってますか?多くの病院では、斎場で焼いています。他の施設では、業者が引き取って焼却炉で焼いています。病理関係の臓器は感染性医療廃棄物に分類されるのです。臓器の所有権の視点からも、倫理的問題からも、むろん感染防止対策の観点からも、問題がたくさん残されています。
[縮小手術の実施には病理医が必要]
縮小手術材料の病理学的検索には多くの時間がかかります。外科医と病理医との協力、チームワークが非常に大事です。切り出し(標本のサンプリング)のときには、必ず外科医に同席してもらい、どこに腫瘤があるのか、断端としてはどの辺があやしいのか、などをディスカッションしながら切り出します。とくに、断端に腫瘍があるか否かを顕微鏡で見定めるが病理医の大切な役目になります。再発の指標ですね。術中迅速診断として切除断端の検索をやるかどうかは、前に述べたようにいろいろな意見があります。ホルマリン固定後にじっくり検索しますと、結果が出るまでに2〜3日ほどかかります。そのあとで断端陽性だったなら、放射線をかけるとか、場合によっては再手術をするかですね。その辺の考え方は施設や人によっても違います。何が正しいかは今のところまだ答えはないと思います。断端の術中迅速診断は手間暇、正確性を考えるとできればやめてほしいな、と個人的には思います。
肝心な点は、縮小手術には病理医がその場にいることが要求されることです。最初に紹介しましたように、300床以上の大きな病院でも常勤病理医がいるのは半分ちょっと。病理医なしで縮小手術をやられたらたまりません。いわんや、病理診断を検査所に外注して2週間近くもかかって返事が返ってくるころには、とっくの昔に患者さんは退院してしまっているというような状況がいま現実だとすれば、とんでもないことですよね。
[術中迅速診断のやり方]
術中迅速診断をどんな風にやっているかを簡単に説明します。まず、提出された生の組織を適切な大きさに切り出します。有機溶剤の中にドライアイスをつめておくと、液体の温度が
-80℃に保たれます。生の組織を特殊なカセットに入れ、ノリのような包埋剤に埋めこんでから急速に凍らせます。
凍った組織はクリオスタットと称される薄切機で
4 ミクロン程度の厚さに薄く削ります。切片をスライドガラスに拾い、エタノールで
10 秒ほど固定します。ついで、ヘマトキシリン・エオジン染色を行います。脱水操作後にカバーガラスで封入すれば顕微鏡観察可能となります。その間、5分おそくとも10分ですね。
判断が難しい場合には、何人かの病理医で相談しながらやるということもあります。どうしてもわからないときはどうするか?正直に「わかりません」「判断を保留します」と言います。白黒つけずにグレイが正解ということもあるものです。再手術になるかもしれませんし、あるいはそのときの外科医の判断で手術を続行することになるかもしれませんが、わからないものははっきりわからないといいます。わからないものをわかるということはとても危険です。
テレパソロジーって知ってますか?画像を遠くに電送して診断を下す様子がよく新聞などに出ていますよね。そういう風にして、ときをおかずに専門家に相談することができれば理想的です。術中迅速診断で迷ったときを想定して、こうした遠隔地診断システムがだんだんと整いつつありますが、そういうことがいつもできるとは限りません。ギリギリの状況では、自分が患者だったらこうして欲しい、自分の女房やお袋だったらこうして欲しいと答えることもありますね。
[穿刺吸引細胞診のやり方]
穿刺吸引細胞診 aspiration biopsy cytology
(ABC) が普及してきています。以前は、乳癌の診断には、麻酔をして皮膚の一部を切開し、腫瘤の一部または全部を取って組織診による病理診断をしていたわけで、また、それしか方法がなかった。最近では、麻酔はしないで針を刺して、腫瘤から直接細胞を吸い取って顕微鏡下で判断するという穿刺吸引細胞診の方法が、生検に併用、ないし代用されてきています。コストパーフォーマンスがよく、診断精度も十分に高いのです。
実際にどうするかといいますと、注射針で吸い取った組織・細胞をスライドガラスの上に噴き出して、針の背中とかプレパラート2枚を摺り合わせスメア(塗沫)し、すぐアルコール固定後にパパニコロウ染色を行うのです(図12)。顕微鏡でみるまでに半日以内、急げば1〜2時間後に診断が出せます。診断精度はかなり高いものですが、腫瘤に針がうまく当たらなければいけないので、当ったことを確認するためにエコー検査を併用したりします。標本が乾いてしまうといけないので、外科医の標本の取扱い方が非常に問題になります。へたくそな外科医がまだまだ多いですね。患者さんが痛い思いをしているのに、へなちょこの標本では困りものです。
病院でのABCの数は増え続けています。増えているのは、乳腺と甲状腺の穿刺が多いのです。頭頚部や乳腺といった表面の皮膚に近い腫瘤性病変が一番穿刺しやすいわけです。判断の難しい症例も増えてきており悩みがつきません。
代表的な、だれがみても癌というパパニコロウ染色の細胞所見を示します(図13)。こういう悪性所見があれば、即手術です。あとは生検もしなければ迅速診断もいりません。
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図12
乳腺穿刺吸引細胞診の手技
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図13(Papanicolaou染色)
乳がんの穿刺吸引細胞診
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通常、エコーガイド下で病変部に無麻酔で針を刺し、少量の細胞が吸引される。
得られた細胞をスライドガラスに吹きつけ、アルコール固定後にパパニコロウ染色される。 |
大型の核、明瞭な核小体、狭い細胞質、細胞質内の微小腺管形成など、細胞診でがんと断定できる所見がそろっている。 |
細胞検査士(サイトスクリーナー)という認定資格があります。これは日本臨床細胞学会という学術団体が認定している資格ですが、国家資格である臨床検査技師を対象にして非常に難しい試験が行われ、最終合格率が2割から3割。彼らは、あらかじめおかしいと思う細胞をスクリーニングしておいてくれます。それを医師の責任で最終的に判断をくだします。現実的には、スクリーナーの方が病理医より診断能力が高いという場面が少なからずありますが、医師法からみて最終診断の責任があるのは医師(とくに病理医)です。
[乳房のしこり]
乳癌以外にも、乳房にしこりをもたらす疾患があります。少しだけ紹介しましょう(表4)。
| 表4.乳房のしこり |
1)乳癌 |
2)線維腺腫 |
3)乳腺症 |
4)乳管内乳頭腫 |
5)脂肪壊死 |
6)その他(葉状腫瘍、間質肉腫、etc) |
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線維腺腫の典型的な割面像を示します(図14)。みずみずしく盛り上がる白っぽい割面です。若い人にもっとも多くみられる乳腺のしこりです。両側の乳房に境界不鮮明なしこりが多発するときは、乳腺症をまず考えます。性ホルモン異常を示す症例に多く、痛みや乳頭分泌を伴うことも少なくありません。これもとても頻度の高い病態です。次の病変では、乳管が拡張し、その中に盛り上がった腫瘤があります。これは乳頭腫という病変です。非浸潤性乳癌との鑑別がすごく難しい病変の代表です。
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図14
繊維腺腫の割面像
線維腺腫の典型的な割面所見
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図15(HE染色)
乳癌(粘液がん)の顕微鏡所見
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| 良性腫瘍である線維腺腫は若い女性に多く、みずみずしく、境界が鮮明である。若い女性の乳房のシコリとして最も頻度が高い。 |
がん細胞が粘液の中に浮いてみえる。粘液は白く抜けてみえている。
がん細胞は核異型に乏しく、悪性度の低いタイプである。 |
特殊な乳癌も少し紹介しましょう。図15はみずみずしくみえるかわった種類の乳癌です。肉眼的に水あめのような粘液の塊にみえる粘液癌という比較的たちのいい乳癌です。顕微鏡的にみると、粘液の中に癌細胞がぱらぱらと浮いています。癌細胞の一般的特徴である「異型性」に乏しいかわった癌なのです。
図16は手術で摘出された巨大な腫瘍で、葉状腫瘍といいます。大きな葉っぱのように区分けされた腫瘍で、良性と悪性とがあります。とにかくやたらに大きく、10センチくらいは普通なのです。大きくなりかたも早い、こんな病変もたまにあります。
図17は特殊な乳腺のしこりです。ぺたーとみえるのは以前乳房内に注入されたパラフィンです。豊胸術が一時かなりはやった時代がありました。妙な異物を体にいれて10年、20年とたつと、その部分が瘢痕化してしまい、取ってくれと病院にやってくる女性がいまだにいらっしゃる。実際、ひどい話ですよね。
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図16
葉状腫瘍の割面所見
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図17
豊胸術後に硬いしこりをきたした症例
(切除乳房の割面所見)
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図18
術中迅速診断で乳がんと誤診された
皮膚汗腺の良性腫瘍(HE染色)
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手術で摘出された直径15 cmに及ぶ巨大な腫瘍である。境界は鮮明である。割面には大小の嚢胞腔が観察される。
巨大な割に良性の経過をたどることが多い。線維腺腫の親玉的存在である。ただし、悪性の場合もある。
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若いころ、シリコンを注入された60歳台女性の乳房が切除された。
異物反応により、ひどい変形をきたしたためである。 |
乳房腫瘤の臨床診断で標本が提出されたため、担当病理医は乳腺由来の病変しか念頭になく、浸潤がんと迅速診断された。
ところが、後日、病変が浅いところに分布していたことがわかり、組織所見とあわせて、汗腺の良性腺腫と診断名が変更された。
本患者は妊娠中であり、乳がん手術の目的で、人工流産が行われてしまった。当然ながら、乳腺の手術は中止となった。とても残念で、非常に教訓的症例である。 |
[良性腫瘍であやうく手術に]
病理診断に関するニアミス例のお話を紹介させて頂きます。
乳腺外来から午後に標本が出てきて、迅速診断に供されました。担当の病理医は乳癌という答えを返しました。患者は20歳代前半の若き女性で、妊娠3ヵ月、新婚6ヵ月。生検した臨床医は、若い夫婦に向かってその場で癌であることの話しをし、入院の予約を取ったのです。次にこの標本が出てきたとき、僕が担当でした。たまたま、そのときは連休をはさんでいましたので、標本提出が普段よりちょっと遅れたんです。迅速診断した標本は、すべて永久標本としても作製し、診断ミスを素早くチェックするシステムになっています。
それは夜中の11時ころでした。標本を何気なく覗いたのは。「あっ!癌じゃない!」その病変は、皮膚の汗腺の良性腫瘍だったのです(図18)。迅速診断時の情報では、乳腺の腫瘍だと臨床的に判断されていました。その思いこみが仇となったのです。祈るような気持ちですぐに病棟まで電話しました。主治医はまだいてくれました。患者さんの状態を聞いたところ、明日に手術の予定で、もう鎮静剤を打たれ、本人も納得の上で子供はすでに人工流産をされているとのこと(会場より「えー!?」の声)。むろん、即刻、手術は中止してもらいました。当然、乳房は切り取らずにそのまま退院されたわけです。
半年後、二人には再び新たな生命がもたらされたとのこと。本人たちはとても喜んでいるし、よかったと納得しているという話。その外科医にあとで確認した話なんですが、その「乳腺」のしこりは乳癌にしてはたしかに位置が浅かったと。さもありなん。皮膚の腫瘍ですからね。その一言さえあれば、間違いは防げたかもしれなかったのに!これを失敗例と呼ぶか、ニアミス例と呼ぶかは皆さんの判断におまかせしたいと思います。
汗腺の良性腫瘍は、乳癌だと思い込んで顕微鏡をみたら癌にみえるのです。不思議なくらい紛らわしい。汗腺の腫瘍とするなら文句なく良性なんですね。ちょっとした情報の行き違いが運命の分かれ道になりかねないのです。
[病理診断はときに難しく、かつ、切ない]
乳腺の場合、妊娠中、授乳中といった簡単な情報がなくて病理診断に提出されてくる場合がときどきあります。授乳中に正常乳腺がしこりとして触れることもあり、穿刺吸引細胞診の対象に選ばれることになります。その場合、当然、正常でない活性型の細胞が標本中に出てくることになります。うっかりすると、クラス5、すなわち「癌」に見えるわけです。臨床医は、妊娠しているということはそれほど大切は情報ではない思い込んでいるのでしょう。細胞の顔つきの変化を知らない先生がたには、なかなかわかってもらえないんですね。
これも穿刺細胞診の話です。ねばねばの粘液癌の典型例を示します。認定病理医試験という、最低でも5年間の病理診断の勉強をしてある程度の実力がついた医師たちが受験するプロの認定試験に、サイトスクリーナー(細胞検査士)からみるとやさし過ぎる問題として、粘液癌の細胞像を出題しました。驚いたことに、正解率は3割しかありませんでした。こういう人たちが皆、病理専門医になっているのは少し怖いですね(苦笑)。実力が乏しいことは確かに少々あぶなっかしいですが、細胞検査士がしっかりしていれば大丈夫でしょう。それ以上に、形態所見の見方が難しいということなんですね。日々これ勉強あるのみです。
ということで、病理学は英語でパソロジー
pathology というのですが、これは、パトス
pathos(病気)とロゴス logos(学問)の合成語です。皆さんペーソス
pathos(英語読み)って言葉知ってますか?哀愁という意味なんですね。病理医は、あるいは病理診断という分野は、病院の中ではあまり恵まれていないんです。常に裏方で。医師として医療法の中で正式に認知されていませんし−。*そのために、ちょっと切ない思いをすることがよくありまして、そのために、少しく哀愁が漂う様な話しになってしまいました。
*2008年4月にようやく「病理診断科」が臨床科として認められるようになりました!
どうも失礼しました。今後とも、病理医に対するご理解をよろしくお願いします。
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